カテゴリー別アーカイブ: 香港見聞録

地元香港のいろいろ

日本と香港と、時々、ワタシ

 未だに9月末なんですが、2012年は私にとって濃厚すぎた一年です。

 地元香港では色々な問題で、特に国民教育の内容や、香港東北部の都市計画に対して、政府に反対の声を送らなければならないのです。

 そして、尖閣諸島問題…

 正直と言って、私には島の事より、地元香港のC国K産党の侵入のほうが肝心な問題だと思っております。
香港人には外交権ありませんし、香港市民として私はどう思っても、香港政府の意向に影響できないし、結局K産党の一存で全てを決めることになります。
むしろK産党のほうが、香港を中国大陸化がずっと迫ってきますから、止めようだけでも精一杯です。

 島の問題、国際司法裁判所など、平和な手段で解決できたらいいですが。

 香港人として私は中立にしたいのです。

日本寄りだったら「お前中国人だろう?売国奴かよ」と言われ、

中国寄りだったら「暴力を認めるかよ」と言われそうで。

 他人はどう言っても、中国大陸の「愛国」暴動、その破壊行為も、普段の反日愛国教育で平民を煽る「黒幕」も、容認するつもりはありません。むしろ責めるべきだと思います。

 ほら、香港はK産党寄りの国民教育があったら、その末路は暴動という名の嵐なんですよ。

 それにこの数日に地元香港では色々な噂と情報があって、女の子が地下鉄に携帯で漫画を読んだら、中国大陸旅客と思われる人物が「売国賊め」と罵り、女の子の携帯を奪おうしました。女の子が軽傷でした。

 もし事故や事件が起こそうな場所は「危険」でしたら、自分の家含めて、世界のどこでも危険だと思っております。

 母校・香港中文大学社会学系の入学案内には「自分の家は一番安全というのは常識ですが、実際には一番事故が起こる場所で、深夜の街より『危険』とは言えます。」と書きました。

 一番肝心なのは、地元香港には中国大陸と違って、法律も、警察も、あります。そういう暴力行為は愛国ではなく、違法行為だと認識するような香港は、守っていきたいと思います。

 たとえ、私の世代と今の若者が「本当の意味の『最後の香港人』」でも。

 暴動の中、日本料理の店や自動車工場が破壊され、秋田犬は上海で殺されたようです。

 中国トヨタの現地スタッフの一人は「私はこの会社を愛する故に、悲しい気持ちですべてを記録した」と写真を撮り、

 犬の飼い主は「うちの愛犬は日本へも行ったことないし、食べるのも中国産のドッグフードなのに…どうして殺してしまったの?」と叫ぶ。

 犬をなぜ殺せるのでしょうか。「生命(いのち)」という中国語の言葉、すでに忘れてしまいましたか。

 K産党は罪深いですね。独裁で文化大革命や愛国教育で、他人の命はどうでもいいになってしまいました。

 秋田犬の件、結局地元香港の新聞紙で報道されました。

 日本では報道されていないことを、とある番組で「香港の新聞紙は『秋田犬が殺されたこと』が報道された。」ことを言及しました。
そのことを聞いて、とあるコメンテーターらしき人物が「そもそも香港人は犬を食う」と言いましたら、私は不快な気持ちになり、泣いてしまいました。

(※地元香港は1954年に犬肉禁止の法律が施行され、21世紀現在犬肉の進食活動は基本的にゼロと言えます。香港へ行っても犬肉の進食活動は探せないのでしょう。)

 偏向報道というか、日本と香港(中国)の「誤解の溝」を痛感しだ一言でした。

 それでも私は、日本は嫌いになれないのです。

 ただの市民で自分の意見を言っても何も変わらないとは思いますが、せめて、「私」単位で自分の東北・鉄道趣味を貫徹したいのです。

 最初の絵のお仕事も、最初の作品展のきっかけを作ってくださったのも、東北の方々なんですから。
今になって未熟な自分の出来に申し訳ないとは思いますが、その気持ちを大事にして、裏切らなくてほしいのです。

 日本で頂いたお仕事の報酬は、旅でも切符を買うことでも、なるべく東北で使おう、という考えで活動しておりますが、次の仕事が来るまで、回復しながら進んでいきたいと思います。

日中関係などに関する話を、このブログで語るのは最初で最後にしておきたいのです。

一日早く、解決できますように祈っております。

国民教育?答えはNOだス!

中国共産党は「進歩的で無私と団結の執政集団」だ

中国国旗を見て国歌を聞いて、感動の涙が出ないといけない

宇宙飛行士楊利偉氏は月面着陸した…

全部、国民教育という中国式虚飾だと信じております。

そんなデタラメを、香港の小学生に教えようなのは、香港政府の政策なんです。

香港の子供が「中国共産党万歳!素敵!最高!」という嘘つかないといけない社会にならないように、微力ですけえれども、

「ダメ、ゼッタイ」だけでも叫びたいのです。

コミケ82と香港のイベントと

コミケ82の頒布情報です。お品書きを作らせていただきました。


【クリックで画像を拡大して表示します】

本人は海の無効におりますが、イベント当日はよろしくお願い致します。

また、CR琵琶湖支社様(http://crbiwako.com//3日目ハ60b)の『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』聖地巡礼本の表紙を描かせていただきました。
フルカラー聖地巡礼ガイドです。

【C82寄稿】あの花聖地巡礼【3日目ハ60b CR琵琶湖支社】 by 角館秋月/3日目フ45a on pixiv

余談ですが、昨日はいきなり『香港人は18禁同人誌の夢を見るか?』という説明漫画を描きました。練習兼ねて日本の皆様に香港イベントの現状が伝えたいのです。全編完成したらまとめて掲載しますが、まずはTwitpicにアップロードしました。
http://twitpic.com/agz6z0

懐かしい鉄道風景

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香港地下鉄の開通は私の生まれる前の出来事ですが、このタイプの車両は子供だった頃お世話になりました。
(※写真は香港文化博物館「百年鉄道」展より。2010.10.9~11.8)


【クリックで画像を拡大して表示します】

こういった硬券は私は使ったことありません…子供の頃から既に全線電化で、切符は磁気カードになりました。


硬券のスタンプラー…電気化火車と磁気カード世代の私にとってもはやロマンの域。

香港の二階建て列車 後編

香港と中国大陸の鉄道の雰囲気が違う、具体的に言えば


駅名票のデザインだけではなく、並んでる線路の数は香港は及ばないのです。(香港記録は4線)中国大陸の広さは線路の数からも感じました。


沿線で多く見える「スローガン」というのは中国共産党らしく精神統一用なものです。
ちなみに写真のスローガンの近くには線路建設工事がありました。「全力」「確保目標実現」「強攻」などは言葉そのままの意味ですが、「關死後門」というのは「退路を思わず(そして前へ進め)」の意味です。


香港境内の鉄道による貨物運輸は2010年6月16日から廃止されましたから、貨物列車を見るのは一番近いなのは中国大陸かもしれません。



そんなこんなで香港境内から出たら、途中駅の東莞(とうかん)駅と、終点広州東駅に到着しました。
線路とホームの多さはともかく、写真は黄色の砂塵が舞うのように見えるのも、私のカメラがあえて中国大陸らしさを「演出」するのでしょうか。

黄色の空気も、赤いスローガンも、国旗の色はちょうどその2色になりますから。中国大陸らしいと言えば中国大陸らしい風景です。
ただ、退路を思わず、周りも構わず、ひたすら前へ進もうな建設は、悲劇が生まれてしまいました。2011年の、温州市鉄道衝突脱線事故もそのひとつでした。

「速さ」や「進むこと」は、決して鉄道のすべてではありません。既に起きてしまった悲劇からでも、「安全」を学ばなくてはいけません。

<おわり>

香港の二階建て列車 中編


Ktt座席の快適さは、いつものステンレス座席と全然違います。


客車と客車の間のデッキはきらきらしています。デッキというのは地元の各停列車にはあまり見られないものです。


もしかして「直通車」って香港発着の列車には唯一ウェルカムウォーターがある列車ではありませんか?


(日本製客車ということで)MAXやまびこに乗るような気分で楽しみます。
香港境内には九廣鉄路東線の各停列車と同じ線線路が走ってるから、パンタグラフがゆっくり拝見できたり


香港と中国大陸辺境の緑の風景を楽しめたり…(※左下は各停列車)

香港発の直通列車は深センに停車しません。乗客ももちろん下車することもありません。それでも、軍人と建物などを2階席から見てる、「ああ、中国へ来ましたか」という感じでした。雰囲気は全然違います。

中国境内に入りまして、線路の数が一気に増えてきました。長編成列車との並走(動画)が見所です。

香港の二階建て列車 前編

E1系の引退を聞きまして、地元香港の二階建て列車の話を語りましょう。
二階建て列車、と言っても目的地は香港境内ではなく、南中国の大都市・広州なのです。

今は港鐵と合併しましたが、かつて存在した「九廣鐵路」という鉄道会社の「九」は「九龍」の「九」で、「廣」は「廣(広)州」の「廣」です。会社名通り、香港から中国大陸辺境へ行く路線を運営し、香港と広州を結ぶ「直通車」(=直通列車)を運営します。
香港――広州間の直通列車は、需要が多くて香港人にとって「一番近い長距離列車」かもしれません。距離の意味だけではなく、身近い存在でもあります。


その直通列車には、時代によって進化してきましたが、車内誌の紹介で一番わかり易い。
一番左の「新時速高速列車」は1998年導入し、最高速度は時速200キロです。こちらが広州へ行く2008年7月末当時、既に香港広州間の運転から引退し、広州あたりで放置プレイされてしまいました。

そして、右の「(中)國産準高速列車」と、今回の記事の主人公の、「九廣通雙層電氣化列車(Ktt)」が香港広州間の運転で活躍してます。


香港から広州への直通列車ですから、列車に乗る前に、既に出境手続が済みました。
香港境内の「鉄道の」待合室は、私にとって珍しいものです。


2008年7月末当時のダイヤグラム。1時間1本というのも長距離列車の証です。


Kttより中国産列車のほうが多いで、当時は午前出発の列車にKttが1本しかなさそうで、Kttに乗りたかったら出発前にネットで調べないといけません。

1997年に2両が導入された、スイス製の電気機関車 Re460と近畿車輛製の2階建て客車が合体して、最高速度時速160キロで広州へ行きます。


車内に入って、すぐ階段が見えます。
せっかくだから私は2階席を選ぶぜ!


二階席(普通車)は2―2列で、私の思ったより日本の優等列車に近いかもしれません(※客車は日本製です)(大事なことなので二回言いました)

<つづく>

20120701【政治話】

返還から15年、台風一過の香港の空が澄み透った青いでした。

香港の夏はいつも眩しかった。暑くて暑くて仕方なくても、扇風機と冷房と共にで生きるしかありません。

5月からは暑くなって、7月と8月なら真夏になりました。夏休みがもうすぐ来ます。その前に7月1日は休みです。

毎年の7月1日の朝は国旗上昇式。昼は親政府団体によるお祝いイベント。夜は政府の宴会…これはオフィシャル的なお祝いですが、一般市民としての「お祝い」はもうひとつあります。

正式名称は「7・1大遊行」で、私は「北香港島散歩」と呼びます。

民主主義は決して完璧ではありません。それでも中国共産党の独裁、そして香港政府を通じて「間接的な独裁」よりずっとマシなものです。中国共産党はもちろんそう許せる訳にはいかなくても、民主主義を求めていきたいんです。


「お散歩」の前の風景。香港の2階建て路面電車は走っています。


そして、路面電車が運休し、車道は市民の散歩道になりました。


バスも臨時にルート変更です。封印されたバス停の隣に、市民が通りました。


お散歩の人数に関しては、警察発表は6万3000人だが、この数字より真実に近いなのは、新聞の俯瞰風景と、市民自分自身の撮ったお散歩する写真だと思います。
これだけ人が居て、求めるものは人・団体それぞれですけれども、香港政府と中央政府への不満が高まることは確かです。


いつも車が走っている道。市民が歩いています。


お散歩の終わるまで、路面電車は待つしかありません。


夜7時。お散歩は3時から始まったがまだまだ続く… 私は足の限界ですから地下鉄駅から撤退してしまいました。